8月27日の判決 耐震工事で追い出せ

東京地方裁判所平成24年8月27日判決

 

考察

以前、テナント側に立って,耐震工事による立替を理由とした立退き交渉をしたことがありますが、判決ならこんな感じだったかもしれませんね。

 

判示事項

原告が,その所有する建物の一室を賃借している被告に対し,建物の耐震性能不足・老朽化・再開発計画等を理由とした賃貸借契約の解約申入れにより同契約は終了したとして,立退料給付と引換に本件貸室の明渡し等を求めた事案。

裁判所は,原告の本件貸室明渡し事情には相応の理由があり,被告の移転につき相応の立退料の支払により本件賃貸借契約解約の正当事由はある等として,認定した立退料の支払と引換に本件貸室明渡し及び賃料相当損害金の支払を認めた。

 

前提事実

Aは,被告に対し,本件建物を以下の条件で賃貸し引き渡した。
ア 期間 平成18年7月4日から2年間
イ 賃料 月額19万9500円(うち消費税9500円)
ウ 共益費 月額1万9950円(うち消費税950円)
(以下賃料と共益費を合わせて「賃料等」という。)
エ 支払 毎月25日までに翌月分の賃料等を支払う
オ 解約 賃貸人は6か月,賃借人は3か月の予告期間をおいて解除することができる。

原告は,Aから本件建物を買い受けて本件賃貸借契約に基づく賃貸人の地位を承継し,被告はこれを承諾した。

原告は,被告に対し,本件建物を含む周辺地域の開発計画に着手したいこと,本件建物は竣工後50年が経過し,設備の老巧化や施設機能が不十分な状況にあること,旧耐震基準に基づき設計・建築された建物であること等を理由として,同年11月末日を目途に本件賃貸借契約を解約したい旨を申し入れたが,被告はこれに応じなかった。

そこで,原告は,被告に対し,平成22年1月26日,本件賃貸借契約の解約に関する特約に基づき,同年7月末日をもって解約する旨を通知した。

被告は,本件貸室に入居後,治療室Bの屋号で鍼灸按摩マッサージ指圧師として稼働している。

 

争点

原告の本件賃貸借契約についての解約申入れについて正当事由があるかどうか
立退料の要否及びその金額。

 

争点に対する判断

本件建物は昭和33年築の鉄筋コンクリートブロック造5階建の建物であり,中高層の事務所ビルが建ち並ぶ地域に所在している。

本件建物は,外見上,東側外壁面のコンクリートに,浮き・剥離が見られるほか,樋等の変形や劣化が見られる。

平成23年3月11日の東日本大震災後に,外壁面の剥離部分の一部が剥落したり,2階西側の内壁にひび割れが生じるなどの被害があった。

 

本件建物の耐震性

本件建物の耐震診断報告書によれば,本件建物は,耐震性能について,Is値が,X方向(南北方向)正加力(北→南)に対して,1階0.39,2階0.56,負加力(南→北)に対して1階0.45,2階0.36,3階0.51,Y方向(東西方向)正加力(西→東)に対して,1階0.39,2階0.37,3階0.44,負加力(東→西)に対して1階0.43,2階0.42,3階0.52と構造耐震判定指標0.6を下回っていること,コンクリート中性化調査では,中性化深さの平均値は26.1~43.6mmであり,最大の中性化深さは49mmであって,調査箇所の80%がコンクリートのかぶり厚さの基準値30mmを超えていて鉄筋がさびやすい環境になっていると思われること,建物内外部にひびわれが散見されること,以上を踏まえて,震度5強以上の地震が発生した場合,本件建物が中破(柱のひび割れ,耐力壁のひび割れが生じる状態)する可能性は高くなり,場合によっては大破(柱のひび割れによって鉄筋が露出し,耐力壁に大きなひび割れが生じて耐力が低下する状態)する状況も想定されること,さらに震度7クラスの地震が発生した場合は,本件建物が大破する可能性は高くなり,倒壊(柱・耐力壁の大破壊,建物全体又は一部が倒壊する状態)する危険性も想定されるとしている。

なお,国土交通省住宅局建築指導課監修の既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準,同解説では,Is値が0.4以下であると,倒壊等のかなり大きな被害を受ける可能性があるとされている。

 

正当事由の有無

原告は,本件建物を取り壊して,その敷地を周辺土地と一体として鉄骨造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造の地下1階,地上8階建ての店舗・事務所用ビル(延床面積6600平方メートル)を建築する再開発計画を有しており,本件建物の本件貸室を含む2室以外については計画地内の立ち退き及び建物解体が完了している。

そして,本件建物は,建築から50年以上が経過しており,外見上,東側外壁面のコンクリートに,浮き・剥離が見られるほか,樋等の変形や劣化,建物内外部のひびわれが散見される状態であり,また,コンクリート中性化調査では,調査箇所の80%で中性化深さがコンクリートのかぶり厚さの基準値を超えていて鉄筋がさびやすい環境になっていると推測されている。

また,本件建物の耐震性能は,Is値が,X方向(南北方向)正加力(北→南)に対して1階と2階が,同方向負加力(南→北),Y方向(東西方向)正加力(西→東)及び同方向負加力(東→西)に対して1階ないし3階が構造耐震判定指標0.6を下回っており,震度5強以上の地震が発生した場合,本件建物が中破する可能性は高く,場合によっては大破する状況も想定される。

さらに,これを踏まえた耐震補強工事及び保全改修工事の概算費用は,耐震補強について1300万円,保全改修について5600万円ないし5800万円(工期4か月)を要するものであり,原告提出の鑑定評価書,被告提出の調査報告書のいずれにおいても本件建物の再調達価格が約7100万円とされていることからすれば,耐震補強のみを行うとしても再調達価格の約2割,コンクリートの中性化対策やひび割れ補修など建物の保全に必要な費用を含めれば再調達価格に匹敵する支出が必要となる。

本件建物がすでに建築後50年を経ていることからしても,建物所有者である原告が,再調達価格に比して高額な負担をして,耐震補強及び保全改修工事を行って,現状の本件建物を維持するのは,競合する物件との競争力の観点からも必ずしも推奨されるものではなく,原告が建替を選択する場合には,当該選択には合理性があるものというべきである。これは,原告が建替目的で本件建物を取得したとしても,また,当該建替えによって周辺土地の再開発の目的が達せられる場合であっても,何らかわるものではない。

被告は,自らの稼働により蓄えた独立資金をもって,平成18年から本件貸室で鍼灸マッサージの治療室を経営して生計をたてており,相応の資本投下を行って,年間1000万円を超える売上を計上していることがうかがえ,本件貸室での営業継続の必要性は高いものといえる。

しかし,その業態に鑑みると,店舗は必ずしも建物一階の路面店でなければならないものではなく,また,本件貸室周辺への移転であれば顧客離れの懸念等も大きなものではないところ,本件建物周辺は中高層の事務所ビルが建ち並ぶ地域であることからすると,代替物件への移転は可能である。

以上の事情を総合考慮すると,原告が本件貸室の明渡を求める事情は相応の理由があるものであり,被告が本件貸室の利用を必要とする事情も大きなものではあるが,移転に当たって適当な立退料の支払がされる場合には,本件賃貸借契約の解約に正当事由があるものというべきである。

なお,被告は,立退交渉における原告側の対応や,周辺土地での工事騒音等の対応を論難するが,利害が相対立する当事者間において想定される折衝の限度を超えた,正当事由の検討に当たって考慮すべき事情があったことを認めるに足りる証拠はないから,採用しない。

 

立退料の金額

借家権

原告は,本件契約における被告の借家権の存在を否定する。
たしかに,本件賃貸借契約においては,家賃の9か月分の保証金及び1か月分の償却金の授受があるが,前者は返還が予定されたいわゆる敷金と同性質の金員であり,後者もわずか1か月分の金員であるから,これらはいわゆる権利金の授受であったとはいえない。また,本件賃貸借契約は,原告による解約申入れの時点では約4年間存続していたにすぎない。してみると,本件において,被告にいわゆる借家権があるかどうかについては検討すべき点がないわけではない。しかし,本件において借家権の存否が問題となるのは,不随意の立ち退きを迫られる被告に対し,いかなる補償をすべきかという観点から,法的に保護すべき(補償すべき)権利,利益があるかを検討する必要があるからである。そして,前記のとおりの正当事由の存否についての検討に照らせば,被告に対しては,借家権といわれるもののうちの一定額に当たる金員の補償をすべきである。

 

借家権の算定

原告の提出する鑑定評価書では,①差額方式について,賃貸事例の検討から新規支払賃料を6353円/平方メートル,実際支払賃料(共益費抜き)を6354円/平方メートルとした上で,賃料差額がないためこれの一定期間相当額として0円を,一時金として賃料1か月相当分の19万円を試算して合計19万円を査定し,②控除方式について,自用の建物及びその敷地の価格査定として,収益還元法(直接還元法)を用いて還元利回りを5.5%として収益価格を3650万円と試算し,貸家及びその敷地の価格査定として,収益還元法(直接還元法)を用いて還元利回りを5.5%として収益価格を3650万円と試算し,これにより借家権を0円と査定し,③割合方式について,自用の建物及びその敷地の価格について前記②のとおり3650万円とし,土地価格比率を95.07%,建物価格比率を4.93%として,土地価格を3470万円とし,これに借地権割合80%を乗じて借地権価格を2780万円とし,これに建物価格180万円を加えた上で,借家権割合30%を乗じて,借家権の試算価格を888万円と査定し,これらを総合的勘案して関連づけて借家権を300万円と査定している。

被告の提出する調査報告書では,割合方式を用いて,土地価格について,再開発予定地全体を対象として取引事例比較法を用いて比準価格(754万円/平方メートル)を算出し,また,再調達価格を試算して建物価格を試算した上で,借家権価格を2540万円としている。

まず,割合方式について検討すると,調査報告書については,土地の比準価格を検討するに当たっては,本件では現況を前提に算定すべきであるから,土地価格については原告の提出する鑑定評価書にある155万円/平方メートルを採用し,その余は前記調査報告書と同様に割合方式による試算を行うと,土地に係る借家権価格は518万0371円,建物に係る借家権価格は21万7000円の合計約540万円となる。この査定と,原告提出の鑑定評価書の888万円との査定は,どちらも合理性があるといえるから,その中間値である714万円をもって,割合方式による借家権価格とする。

また,鑑定評価書では,他に,差額方式による借家権価格にいて19万円,控除方式による借家権価格について0円と試算しているところ,いずれにおいても月額支払賃料(市場賃料,標準家賃)として,単価6353円/平方メートルを用いているが,用いている事例に照らすと,調査報告書において通損査定の検討に際し用いている8168円/平方メートル(共益費抜き)の方がより適切であると認められるので,これを採用し,その余は前記鑑定評価書と同様に試算することとする。

すると,差額方式においては,新規支払賃料月額が25万6475円となり,年間の賃料差額が68万3520円,賃料差額の一定期間を5年,割引率を5.5%,複利年金原価率を4.270284として,当該一定期間相当額が291万8824円,一時金が24万4261円で合計約316万円となる。控除方式においては,自用の建物及びその敷地の価格査定において,共益費込み貸室賃料収入(運営収益)が330万5664円となり,運営費用のうちPMを5万6196円,その他費用を1万6528円と認め,その余は前記鑑定評価書の試算どおりとして運営費用合計を54万8484円とし,運営純収益を275万7180円と試算し,一時金の運用益が4万1036円,資本的支出を11万0600円として,標準化純収益を268万7616円と試算し,還元利回り率5.5%として,収益価格を4886万円と査定し,これと貸家及びその敷地の収益価格3650万円の差額1236万円の2分の1である618万円が借家権価格となる。

これら3つの試算を均等に関連づけて,借家権価格を549万円と査定する。

そして,正当事由の補完としての立退料の金額を検討する場合,借家権価格の全てが必ずしも補償されるものではないことに照らせば,このうち350万円を補償すべきものと認める。

なお,このような観点から借家権価格を検討して補償を行う以上,賃料差額についての補償(借家人補償)は,借家権評価に含まれるものとして,別途,補償を要しないものというべきである。

なお,念のため検討すると,乙第8号証に基づき,賃料差額補償は,標準家賃(共益費込み)を8773円/平方メートル,31.4平方メートルとして27万5472円とし,現行賃料との差額5万6972円の24か月分の136万7328円,一時金補償は,預り金差額の金利補償として,標準家賃(共益費抜き)を8168円/平方メートル,預り金の月数を12か月として標準預り金を307万7702円とし,現在の預り金額171万円との差額136万7702円について,運用利回り2.5%,複利年金原価率8.7521を乗じて29万9257円,賃料前払金補償として,共益費抜きの1か月分の賃料25万6475円の合計192万3060円と試算することができるが,これは前記補償額を下回るものであって,別途の補償をすべき必要性も認められない。

移転にともなう内装等の費用としては,本件貸室で被告が営業を開始する際に要した費用のうち転用不可能なものから推定することとし,前記1のとおり,244万4571円と認める。

動産移転料については,2t貨物自動車3台分とする点は一致しているので,これについて1台2万2100円として6万6300円を認める。

移転雑費補償については,移転先選定費を標準家賃(共益費抜き)8168円/平方メートルとして仲介手数料1か月分として25万6475円と,その他法令上手続費用を2080円,移転通知費,移転旅費その他雑費を4万3070円と認めるので,合計は30万1625円となる。

営業休止補償については,月間売上高を平成23年分の売上金額の12分の1である94万0250円とした上で,得意先喪失補償を売上減少率120%,限界利益率94.8%として106万9628円と,収益減補償を標準的営業利益率を4.5%,営業休止期間を1か月として4万2311円と,固定的経費補償を固定的経費率を4.6%,営業休止期間を1か月として4万3251円と,従業員給与補償を一人当たり月間人件費を28万1000円,補償率80%,営業休止期間1か月として22万4800円と,それぞれ認める。これらの合計は137万9990円となる。

よって,原告は,本件においては上記の合計769万2486円の立退料を提供すべきである。

 

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