東京地方裁判所平成25年8月22日判決
事案の概要
本件は,A株式会社の株式の購入代金名下に金銭を詐取されたと主張する原告が,Aの代表取締役として登記されている被告に対し,原告に対する詐欺行為は被告及びAの従業員が会社ぐるみで行った不法行為であり,仮にそうでないとしても,被告は取締役としての監督義務を怠っており,会社法429条1項に基づき損害賠償請求を行った事案である。
考察
平成26年上半期の特殊詐欺被害は約268億円との報道がなされておりました。一日の被害額は約150万円。2年前の被害総額が約360億円。一日の被害額約100万円と比べると1.5倍も増えております。
特殊詐欺というと「振り込め詐欺」が取り上げられますが,本件で問題となった「未公開株式」の譲渡による被害も多発しております。
老後の3つの不安「お金」「健康」「孤独」の一つである「お金」。
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前提事実
Aは,高解像度液晶パネル等精密機器の設計,開発,製作及び販売等を目的に掲げ,平成23年6月2日に設立されたものとして,同日登記された株式会社。
被告は,平成23年8月1日にAの取締役及び代表取締役に就任したものとして登記されている。なお,Aの代表取締役の前任者はBであり,Bは同日Aの代表取締役を辞任したものとして登記されている。
原告は,平成24年2月5日頃,Aの社員を名乗る者から電話を受け,「Aが未公開株の買主を募集している」として,その購入を勧誘された。
その後,Cという会社のD又はEと名乗る者が電話をかけてきて,「Aの未公開株を高値で買い取りたいので,Aから勧誘があれば,購入してほしい」などと申し向けたことから,原告は,Aに連絡をとってその株式20株を100万円で購入することとし,同月24日,Aの社員を名乗るFに100万円を支払い,株券の交付を受けた。
原告が,Fから交付を受けたAの株券及び領収証には,被告が代表取締役として表示されている。
しかし,同年5月29日にEを名乗る者が原告に連絡してきて,「Aの株式の買取りができなくなった」などと説明し,その後,原告からCやEと連絡を取ることができなくなった。
本件の争点
原告に対して行われた詐欺行為について,被告が不法行為責任を負うか,また,会社法429条1項に基づく取締役としての責任を負うか。
裁判所の判断
被告は,平成23年6月頃,かつて被告の父の会社に勤務していた知人であるGから,「一定の手数料を支払うからAの代表取締役として名義を貸してほしい」,「Aは顔認証システムを取り扱う堅い会社であり迷惑はかけない」などと説明・依頼を受け,これに応じることにした。
平成23年8月頃,Aの代表取締役に就任するのに必要な書面に署名・押印することになり,Gから連絡を受けた事務所を訪ね,居合わせた事務員に印鑑と印鑑証明書を預けた。同事務員は別室に入り,しばらくして戻ってきて,印鑑を返還した。
Aの登記簿にある取締役や監査役と面識はないが,Hについては,平成23年8月より前に,Gから,液晶を開発している会社の社長として紹介を受けたことがある。ただし,上記HがAの取締役になっているのを知ったのは,Aの未公開株販売が問題になっていることを知り,Aの登記簿を調べた後である。
平成23年9月から平成24年6月まで,Aから毎月25万円の振込送金を受けていた。
平成23年10月から同年12月までの間に,Gから,「Aの社員と一度会っておいた方がよい」と誘われて,登記簿上の本店所在地にあるAの事務所を案内された。その際,事務所を移転すると説明を受け,その場にいたIと名乗る者の求めに応じ,新たな事務所の賃貸借契約書らしきものに署名・押印した。また,事務所にいる数名の従業員を紹介された。
平成24年4月になって,Aの未公開株式の販売により被害を受けたとして損害賠償を求める訴状の送達を受けた。
Gに連絡を取ったところ,「全てこちらで対応するので迷惑をかけない」などと説明を受け,送付された書類はGに引き渡した,同年6月頃,GにAの代表取締役を辞任したい旨伝え,同年7月には,Gの了承を得た。
平成24年8月,川口警察署から連絡を受け,同年9月4日に出頭し,Aについて事情を聴かれたが,直接的な関わりはないとして,帰宅を認められた。
特に,Aが設立後約2か月で,詳しい事情を知らない被告を代表取締役に就任させており,設立時の取締役は全て退任していること,Aが実際に事業を行っていたことの裏付けはなく,原告のほかにも,Aの株式の購入を勧誘され,被害を訴えている者が相当数に上ると推認できることからすると,Aは事業を行う実体がなく,発行株式を売り付け,売却代金名下に金銭を詐取する手段として設立されたものであって,後に高価で買い取るなどと巧妙にAの株式の購入に誘導した者(C・E)と,Aの従業員として株券や領収証を交付し,金銭を受け取ったFらが,意思を通じて金銭を詐取していたものと推認するのが相当であり,原告に対するこうした詐欺行為に関与し,あるいは,A設立の意図を知ってこれに関与した者は,原告に対する不法行為責任を負うというべきである。
被告がA設立の意図や原告らに対して詐欺行為を行っていたことを具体的に認識していたということはできないものの,被告は,父の知人から手数料を支払うという誘いに乗って,Aが具体的にどのような事業を行っているかなど一切調査することもないまま,代表取締役への就任を承諾する一方,代表取締役としての職務も何ら行わないにもかかわらず月額25万円という相当額の金銭の受領を続けていたというのであるから,その具体的態様はともかく,Aが名ばかりの法人として組織的な犯罪行為に悪用される可能性に思いを致してしかるべきであり,その限りで,原告に対する詐欺行為による損害発生についても予見可能性があったというべきであって,詐欺行為を直接行い,あるいは,その共謀に加わった者を幇助した者として,不法行為責任を負うと解するのが相当である。
また,被告は,Aの代表取締役に就任することを承諾しており,取締役として従業員らが違法行為を行わないようこれを監督する義務を負うところ,上記のとおり何らの調査も行わないまま就任を承諾した上,その後も監督に注意を尽くすことなく漫然と放置したものというほかないから,被告には取締役としての職務執行に重大な過失があるといわざるを得ず,会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。