8月3日の判決
預金契約解約後に死亡した元預金者の相続人に対し,金融機関は預金契約の取引経過開示義務を負わない(東京高等裁判所平成23年8月3日判決)。
相続で問題となってくる被相続人の預金(※被相続人とは例えば無くなった親を指します)。
この預金の履歴に関しては,被相続人が生前一体どのようにお金を使っていたのか興味あるところ。とりわけ,自分以外の他の相続人にお金が流れているなど分かれば,遺産分割のときに,その分の調整を図りたいので,とにかく被相続人の生前のお金の流れを調べたいというのは人情です。
最高裁判決
そこで,最高裁判所は,平成21年1月22日の判決で,「金融機関は,預金契約に基づき,預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。」と判示し,その上で,「共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる。」と判断しました。
この判決により,相続人は誰でも,他の相続人に気兼ねなく単独で被相続人名義の預金口座について金融機関に対し取引経過の開示を求めることが出来るようになりました。
この点,金融機関から手続が煩雑なので権利の濫用だとかいう抗弁もあったかもしれませんが,そもそも名寄せをしているだろうし,取引経過を求めるときは手数料を取るだろうから,手続が煩雑だとかいう話は何???という感じがします。
生前に解約した預金口座の取引経過まで開示請求することができるのか。
いずれにせよ,相続人は単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を金融機関に対して請求することが出来るようになったのですが,それでは,その請求は預金口座の一体どこまでできるのかというのが,今回問題となりました。
すなわち,被相続人が死亡した時点で存在していた預金口座に関しては,被相続人の死亡と共に,その相続人達が被相続人の預金契約上の地位を相続で承継しているので,金融機関も相続人からの取引経過開示請求に対してNOと言うことは出来なかったわけですが,被相続人が生前既に解約した預金口座についてまで相続人からの開示請求に応じなければならないのか,というのが問題となったわけです。
これに対する高裁の判断は下記の通り。
預金契約上の地位
まず,相続人は被相続人の預金契約上の地位を相続によって承継したので,取引経過を開示すべきだという主張に対しては,既に預金契約は解約されたので,被相続人と金融機関との間の預金契約はすべて終了したから相続人の請求を認めることは出来ない。
すでに無いもの前提に承継したと言われても困るので妥当な判断でしょう。
信義則上の義務
次に,仮に預金契約が生前に終了したとしても,金融機関が負う取引経過開示義務が消滅せず,相続人は契約終了後に開示を求めることができる被相続人の地位を相続により承継したのだから,この地位に基づいて取引経過の開示を求めると相続人が主張しました。
これはどういうことかというと,
金融機関が取引経過開示義務を負うのは,預金契約において,金融機関は,預金者の寄託した金銭を保管し返還するだけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,利息の入金,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務の性質を有する各種の事務を処理すべき義務を負っており,委任契約や準委任契約において,受任者が委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負う(民法645条,656条)のと同様に,預金者にとって,預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものである預金口座の取引経過の開示を受けることが,預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに,金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠と解されることによる(平成21年最高裁判決)。
しかし,預金契約が解約されれば,金融機関は,その後に元預金者のため金銭を保管し前記の各種の事務を行うことはなく,預金の増減とその原因等について正確に把握し,事務処理の適切さを判断する必要性は,確定した解約残高に至る過去の契約期間についてのみ存在するから,その後も元預金者の請求があれば,いつでも事務処理を報告しなければならない必要性があるとは言い難い。委任契約や準委任契約においても,契約終了後は,受任者に,遅滞なくその経過及び結果を報告すべき義務があるにとどまり,委任者が,引き続き,いつでも過去の委任事務の処理の状況の報告を求められるわけではない(民法645条,656条)。
預金契約についても,金融機関は,預金契約の解約後,元預金者に対し,遅滞なく,従前の取引経過及び解約の結果を報告すべき義務を負うと解することはできるが,その報告を完了した後も,過去の預金契約につき,預金契約締結中と同内容の取引経過開示義務を負い続けると解することはできない。
そして,本件で 金融機関は,被相続人に対し,本件総合口座に係る取引経過について,各月の取引経過明細書を文書で送付し,被相続人が死亡するまでの約1年半の間,被相続人から金融機関に対し,取引経過や本件解約の内容等に関して更なる報告を求めたなどの事情はうかがわれないことからすると,金融機関は,本件預金等契約に基づく取引経過の報告を被相続人の生前に完了したというべきであり,いつまでも本件総合口座に係る取引経過を開示すべき義務を負い続けていたと解することはできない。
また,相続人は,預金等契約に基づく金融機関の取引経過開示義務は信義則上の義務であると主張し,実質的にみて,共同相続人には,預金等取引終了後も開示を受ける必要があり,他方で,金融機関は被相続人との取引経過を開示することは容易であるから,金融機関が取引経過の開示を拒否することは不当であると主張しているが,これに対しても,金融機関が,預金等契約に基づいて預金者に対して負う取引経過開示義務以上の義務を預金者の相続人に対して負う私法上の根拠は何もなく,したがって,仮に,金融機関が,預金等契約が終了し,預金者に対する取引経過の報告を終えた後も,なお,信義則上,元預金者に対して取引経過開示義務を負う場合があるとしても,その義務は飽くまで元預金者の必要に応ずべき義務であって,元預金者の相続人の必要に応ずべき義務ではない。
そして,相続人は取引経過の開示を求める必要性として,紛争を解決できることや他の共同相続人による解約の有効性をめぐる混乱が生じることなどをあげているが,共同相続人間の紛争解決やその紛争に伴う混乱の防止というような利益は,本来的には,預金等契約から離れた共同相続人という立場における利益であって,預金の増減とその原因等を把握し金融機関の事務処理の適否を判断するという預金者が預金契約上有する利益とは全く関係ない。
また,被相続人が生前に預金契約を解約した場合,相続すべき預金はないから,相続人が預金の増減とその原因等を把握する主要な目的は,金融機関の事務処理の適否を確認するというより,預金の増減に伴って生じた他の財産(例えば,預金からの出金により形成された他の相続財産や第三者に逸出した財産)の把握に帰着する可能性が極めて高く,これも預金の増減とその原因等を把握し金融機関の事務処理の適否を判断するという預金者が預金契約上有する利益とは全く関係ない。
他方,金融機関が強いられる預金等契約終了後の開示の負担について検討すると,預金等契約終了後の開示は,届出印や暗証番号,住所等による本人確認が困難であることや,契約に基づく免責手段がないこと,開示に要する費用の負担を求める預金者が存在しないことなどの点で,預金等契約継続中の開示に比して金融機関の負担が重いことは明らかである。
加えて,事務負担についても具体的には資料の作成に1630分,人件費は12万円を超えると算定され,預金等契約の終了後に信義則に基づいて負担するものとしてあまりにも過大なものといわざるを得ない。
以上の事情を総合すると,仮に,金融機関が,信義則上,預金等契約終了後,契約期間中の取引経過の開示に応ずべき義務を負う場合があるとしても,本件開示請求は,開示請求の目的からもその義務を超えるものというべきであり,仮に超えないとしても,金融機関に著しく過大な負担を生じさせるものとして,権利の濫用というべきであるから,これを認めることはできない。
この判決からは,預金契約の解約によりすべて終わったことの管理をいつまでも金融機関に負わせておくわけにはいかない。相続人間のゴタゴタは相続人間で解決すれば良いだけであって,金融機関まで巻き込むなということが見て取れますが,いかがでしょうか?
いずれにせよ,被相続人が生前に遺言書で,財産分けについて書いておけば,このようなイザコザは避けて通れたのでは無いでしょうか。