8月7日の判決 保険者が,被保険者を団体信用生命保険契約に加入させるに当たり,当該被保険者に告知義務

東京地方裁判所平成24年8月7日判決

 

 

事案の概要

 

本件は,保険者が被保険者を団体信用生命保険契約に加入させるにあたり,当該被保険者に告知義務違反に該当する事実があったことを知らなかったことにつき過失があったかどうかが争われた事案。

 

ここにいう保険者とは皆さんが入っている保険会社のことで,被保険者とは皆さんにあたります。また,ここでいう保険契約者は住宅ローン会社のことです。

 

住宅ローンを組んだことがある方は経験されていると思いますが,金融機関が保険契約者,お金を借りる人を被保険者として団体生命保険に加入することがあります。これはなぜかというと,住宅ローンで住宅を購入する場合,その後お金を借りている人が死亡しても,金融機関に保険金が下りれば住宅ローンを完済することが出来て遺された者たちは住宅を手放さずに住むという利点があるからです。

 

本件の被保険者もこれと同じように,住宅ローンを組む際に,団体生命保険に加入しました。

 

その後,被保険者が死亡し,住宅ローン会社が保険者に保険金を請求したところ,保険者から被保険者には告知義務違反があるということで,契約を解除されてしまいました。

 

そうなると,保険金で住宅ローンの支払いが出来ると思っていた相続人には想定外のことが起き,彼は結局住宅ローンを支払うハメとなってしまいました。

 

これに納得がいかない相続人は保険者を相手取り裁判を起こしたわけですが,相続人の言い分は,保険者が告知義務違反で解除をするには,告知違反の事実を知らなかったことについて知らなかった必要があるが,例え知らなかったとしても,そのことについて過失がある場合には解除することは出来ない規定になっているのだから,本件解除は無効である,というものです。

 

相続人の言い分には理解できるところがあります。というのも,被保険者は住宅ローンを組むに先立ち保険者から入院給付金と手術給付金を受けたことがあったからです。保険者から入院給付金や手術給付金を受け取っていれば,当然このことは個人のデータベースに記録されているはずであり,被保険者が本件団体生命保険契約に加入申込する際には,保険者としてはデータベースにアクセスして告知義務違反事実の有無を確認することができた。にもかかわらず,保険者はこれを怠って保険を引き受けたのだから,そこには過失があり,解除は認められないというものです。

 

 

反   論

 

これに対し,保険者としては,そもそも保険を引受けるかどうかを決める際には,原則として,保険契約者である金融機関から送付されてきた申込書兼告知書及び被保険者名簿を突き合わせて,被保険者名簿に記載されている被保険者につき,真に申込書兼告知書が提出されているか,及び申込書兼告知書に記載漏れ等がないかの確認をするのみである。

 

例外的に,申込書兼告知書の告知事項が「ある」に「○」が付されている場合及び申込金額が3000万円以上である場合については,個人保険の照会を行っている。

 

保険者としては原則どおりの対応をしたため対応に過失はない。

 

そもそも告知義務制度は,保険者が生命保険の危険選択を行い,引受の可否を判断するに当たり,判断のための資料が保険契約者又は被保険者側に偏在しているため,保険契約者ないし被保険者側に告知義務を負わせて,保険者が適切な情報を低コストで迅速に収集することができるようにするものであり,それを超えて,保険者が,積極的に,被保険者の健康状態について情報を収集することはそもそも予定されていない。

 

特に,金融機関による住宅ローン等の貸付けに関して,保険契約者兼死亡保険金受取人を金融機関,被保険者を債務者として締結される団体定期保険契約である団体信用生命保険には,次のような特色がある。

 

(a) 債務者,金融機関双方の便宜のため,割安な保険料で大きな保障を受けさせることとされており,そのために,告知事項は個人保険に比べ簡単なものとされ,原則として医師による診査も行われていない。

 

(b) 団体信用生命保険を引き受けるか否かの回答は融資実行の可否に関わるため,早急な対応が要求されており,個人保険と同じように時間をかけて引受の可否を判断する時間的余裕がなく,実際にも,多くの金融機関から当日ないしは翌日までに回答することを求められている。

 

仮に相続人主張のとおり,保険者が,その引受に当たり,逐一個人保険の有無等を確認しなければ過失があるということになると,被保険者の氏名,生年月日等を入力して個人保険のデータベースを検索する必要が出てくるほか,仮に個人保険が発見され,入院給付金支払歴等が判明した場合,それが告知義務違反に該当するかどうかを判断するため,その支払理由まで遡り調査を行う必要がある。

 

また,引受の主幹事会社(なお,本件団信契約を含む多くの団体信用生命保険契約では共同取扱契約となっている。)において個人保険が見つからない場合であっても,他の引受会社に個人保険がある可能性があるため,他の会社に個人保険の有無等の確認を要請したり,他の引受会社との情報の共有化のために膨大なデータベースを作成するなどの必要が出てくる。しかし,そのための費用は膨大な額であって,保険料の増額を招き,また,引受判断に時間が必要となって,早急な回答ができなくなるのであるから,保険者の運用は合理的であり,それに従ったことに過失はないというべきである。

 

そもそも本件医療証明書からすると,被相続人に本件申込書兼告知書記載の「最近3ヶ月以内に医師の治療(指示・指導を含みます。)・投薬を受けたこと」があるかどうか,すなわち,本件告知義務違反事実の具体的な内容は,被告保険金課及び被告団体保険金課には全く分からない。

 

さらに,被相続人は,間質性肺炎に罹患し手術を受け,しかも,告知直前まで通院治療を受け続けているのであり,それにもかかわらず,通院していることを殊更に隠し,告知義務違反を行っているのであるから,このような不誠実な被保険者と,総合医療証明書に今後の通院フォローが必要であると記載されている情報を持っているにすぎない保険者とを比較してみると,保険者の過失を認めなければならない理由はない。

 

 

結   論

 

保険者が,膨大な数に上る団体信用生命保険の追加加入の全てにつき(被告が幹事会社として引き受けているものに限っても,毎月1万2000人ないし1万8000人である。),個人保険のデータベースにアクセスして,告知義務違反の有無を確認しなければならないとすると(なお,被告において,個人保険に係る保険金等の支払履歴から団体信用生命保険に係る告知義務違反に該当する事実の有無を確認するためには,金融機関から送付されてきた被保険者名簿に記載された被保険者の氏名,生年月日等を個人保険のデータベースに入力し,その結果,仮に当該被保険者について個人保険が発見され,保険金等の支払歴等が判明した場合には,それが告知義務違反に該当するか否かを判断するため,更に当該保険金等の支払理由まで遡って調査を行う必要がある。),それに要する時間や費用により,保険料の高額化や引受判断の遅延を招き,団体信用生命保険の特色を損なうおそれがあるから(仮にそのようなおそれがないのであれば,被告としては,自己防衛の観点から,全ての場合につき個人保険のデータベースにアクセスするはずである。),告知義務違反という重大な約定違反をした被保険者のために,その他の被保険者が不利益(保険料の高額化など)を被ることにもなりかねない。そして,それよりもむしろ上記運用を是認し,団体信用生命保険の負担を軽減させることで,より低額な保険料やより迅速な引受判断を実現させる方が,保険契約者ないし被保険者の利益となるのであるから,そもそも告知義務制度が被保険者に誠実な告知を期待している点に鑑みても,団体信用生命保険が,上記運用に従ったことで告知義務違反の事実を看過することがあったとしても,当該告知義務違反をした被保険者との関係で,それが衡平に反するということはできないというべきである。そうすると,団体信用生命保険が,本件申込書兼告知書に何ら告知義務違反を疑うべき事情の存しない本件団信契約を引き受けるに当たって,個人保険のデータベースにアクセスしなかったことが注意義務違反に当たるということはできないから,団体信用生命保険には過失は認められないと解するのが相当である。

 

 

考   察

 

たくさんの方に低価格で保険を利用して貰えるようにするためには,被保険者の方にもある程度の誠実さが求められるものであり,保険契約者ないし被保険者の告知義務違反を考慮しても,なお,保険者を保護することが衡平に反する注意義務違反を過失というべきであり,本件では保険者と被保険者とを比べると,膨大な量の情報を処理しなければならない保険者と自己に関する情報を正直に告知しなかった被保険者のどちらを保護するのが衡平かといえば,保険者を保護する方が衡平というべきであるから,妥当な結論というべきである。