8月25日の判決 使用期間中の解雇
東京地方裁判所平成18年8月25日判決
広告部門のマネージャーとして採用された者が,試用期間中に解雇されて本採用を拒否されたことから,この解雇の有効性を争い,雇用契約上の地位の確認,賃金及び解雇による精神的損害の賠償を請求した事例
考察
試用期間中の解雇は,解約権を留保した趣旨から,採用時にはわからなかったが,試用期間中の勤務状態等から判断して,その者を引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが,試用期間を設定した趣旨・目的に照らし,客観的に相当である場合にのみ許される。
従って,使用期間中だからといって,自由に解雇することはできません。
とはいうものの使用期間中の解雇が認められるかどうかは個別案件ごとに異なるので,事実関係がどういうものか確認する必要があります。
本件では即戦力と期待して月額給料52万円を支払うという条件で採用された者が,実は役立たずで,かえって会社に損害を被らせるような状態であったことから,使用期間中に解雇したが有効であると認められました。
ポイントは,能力不測の内容と給料との関係,原告が被告の職場環境に十分に適合できていないを自覚して他の再就職先を探していることでしょうか。
事案の概要
本件は,6か月の使用期間として期間を定めずに採用された者が,採用後3か月で解雇されたので解雇無効を求めて提訴した事案。
前提事実
原告は,広告部門のマネージャーとして月額給料52万0834円で被告に雇用された。
しかし,採用後あまりにも能力が低いので3か月で解雇された。
解雇通告書に記載された解雇理由は次のとおり。
ア 原告のクライアントに対する行動,あるいは不行動が,被告の評判や名誉を繰り返し傷つけたこと
イ 原告が広告セールスマネージャーとして要求される基本的な任務を常に果たさなかったこと。たとえば要求されている週間レポートを提出し忘れたり,上司に要求された行動を行わなかったこと
ウ 一連の不適切な行動,及び3か月経っても自らの義務を果たすに十分な商品知識が欠如していること,によって証明されるとおり,原告には,上司や同僚による集中的なトレーニングにもかかわらず広告セールスマネージャーの地位にふさわしい適性が認められなかったこと
エ 原告は,広告セールスマネージャーの地位に不適切なふるまいを常にとっていたこと。たとえば常に注意を与えていたにもかかわらず,仕事の打合せにおいて不適切な服装をしたり,遅刻をしたり,クライアントとの会合を欠席したり,またその席上で眠ったりしていた。
争点
原告に対する試用期間中の解雇の有効性について
当裁判所の判断
(1)被告は,ある程度即戦力となる広告セールスマネージャーを広告で募集した。
被告は,広告セールスマネージャーとしての採用・選考に当たり,コミュニケーション能力,整理能力及びセールスマンとしての能力も期待し,英語の能力のほか日本語の能力も必要と考えていた。
上記募集には原告ほか数名が応募してきたが,原告の履歴書上は著名な会計事務所への勤務経験もあることからすると十分な勤務経験を持っているようであったところ,原告とは3回面接し,その過程で英語と日本語の会話能力を問い質した上で原告が選ばれ,平成17年7月19日から平成18年1月18日までの半年間は試用期間ということで被告に勤務し始めた。
(2)新入社員の歓迎会で,原告の自己紹介の仕方やその後に早々に会場から立ち去ろうとする原告の立ち振る舞いから,会社代表者は,原告の言動に疑念があった。
(3)被告における原告の勤務振りには次のようなものが見受けられた。
ア 平成17年7月26日ころ,原告からの電話を受けたクライアントであるC株式会社の担当から,Bに対し,「言葉遣いと態度が横柄で大変不快であるため絶対うちの担当にしないで欲しい」というクレームの電話があった。
同月28日,同様に原告の電話での発言に立腹した別のクライアントであるD株式会社の者から被告に対し,「御社では,どのような対応を指導されているのでしょうか。」というクレームのeメールがあった。
同月末には,E株式会社の担当から,代理店FのGに原告の電話に疑問を提起する内容の電話があったことをBはGから伝え聞いた。
イ 原告は,平成17年8月4日,営業で複数のクライアントに対してeメールを送付する際,全ての宛先を受信者にも見える形で送信した。また,後日の同月10日,上司及び同僚に相談することなく,「今度は二度と同じようなことをしませんので,今回は見逃していただきたいと申します。」などといった表現による謝罪のeメールを同じクライアントに対して送信している。
ウ 原告の上司であるAから毎週金曜日に提出することを指示されている業務報告書(ウィークリーリポート)は,Aが毎週月曜日に本国イギリスの上司に電話で業績を報告する際の参考にしていた。原告からの業務報告書の提出は,ほとんどが所定の金曜日より後に提出されている。
エ 原告は,平成17年10月,クライアントからの広告原稿が出版前に届いていることの確認を怠った。すなわち,原告は,担当していた顧客であるH社の広告データの受領及びチェックをすべきところ,平成17年10月5日締切の上記業務を終えないままに前日の10月4日に退勤し,上司であるAが処理しなければならなかった。
また,原告は,同年9月,広告掲載予約のeメールを確認し,その内容の通りの適切な日に広告が掲載されることの確認を怠った。
オ 原告は,平成17年8月24日,E株式会社を訪ねた際,バックパック及びテニスラケットを持参していた。原告は,一緒に出席予定であったBと広告代理店の社員Gから注意を受け,ラケットを隠してから会合に出席した。
同年9月8日には,I株式会社を訪問した際,原告は,Aから服装のことで注意を受けた。
カ 原告は,平成17年9月8日,電車内で居眠りして乗り過ごし,Lでのクライアントとの会議に遅れた。その際に,原告は,当初,上司であるAに対し,「クライアントが会議に現れなかった」と虚偽の報告を行ったが,その日の夜になって,A及び同僚に対し,電車内で居眠りして約束の時間に遅れ,クライアントに会えなかったことを詫びる旨のeメールを送付した。
これに先立つ同月5日のカナダ大使館でのKのJとの会合約束にもレセプションに顔を見せないという失態があった。
キ 原告は,平成17年9月29日のディスプレイ広告の戦略についての会議にAと共に参加したが,その席上,被告代表者とAから見て,理由もなくクスクス笑うなど会議中の原告の言動が奇異に映った。そのほかにも,原告は,クライアントとの会議で,集中して会議についていくことができていなかったり,自己のミスを他社の担当に責任転嫁するような言動をしているように上司であるAの目から見て窺われる出来事が,E社やMとの会議,あるいはK社との会議でも見受けられた。
ク 原告は,平成17年9月から10月にかけて,被告の就業時間中に,被告における会社のメールアカウントから10社程度の他の会社に対して求職のメールを送った。
(4)被告は,平成17年9月29日以降同年10月7日に原告がAからのセクハラについてメールをする以前から,上司であるAと被告代表者であるNらとの間で上記のような原告の奇行,広告セールスマネージャーとしての資質に疑念を抱かざるを得ない事情について,話し合っていた。
(5)原告は,平成17年10月7日,会社幹部とAに電子メールでセクハラの苦情を申し出た。
その後,被告は,原告の上記苦情について当事者である原告とAから個別に事情を聴取し,その他関係者からの情報も得た上で,原告の苦情には理由がない旨の結論に同月24日までに達した。
被告は,原告から上記のようにセクハラの苦情が出たのとその調査結果を契機に,これまでの原告の言動に対する疑念と相まって,もはやこれ以上原告の試用期間による雇用を続けることは望ましくないと考えて,本件解雇に踏み切った。
争点(本件解雇の有効性)について
本件解雇の有効性を検討するに当たって,まず,原告と被告との間で,原告からする入社の動機,業務への心構えあるいは臨み方と被告が原告を採用するに当たっての期待の仕方とが大きく齟齬しているように思われる。
すなわち,原告は広告や営業の経験がなく,いわば新卒と同様のつもりで被告の会社に入って学んでいこうという姿勢なのに対して,被告は,それまで広告セールスマネージャーとして十分に役割を果たしてきたBの後任者・管理者として即戦力の期待をしているように思われる。
そのため,原告は当初は失敗をしてもトレーニングだからそれを繰り返さなければ良いではないかという態度なのに対し,被告では試用期間中に原告がちゃんとした実績を示せるのかどうかあるいはそのような実績を近い将来出せる資質があるのかどうかという観点から原告の広告セールスマネージャーとしての適性を見極めようとしている。
ここで,一つの参考になるのが原告の給与であるところ,採用当初から月額52万円余りの基本給であり,高額であることからすると,原告にはそれに見合う仕事振りが期待されていたものと考えるのが合理的である。
原告は自分の能力が認められているのかと思ったと供述するが,新卒のつもりで被告に入社したことと整合しないものといわなければならない。
(2)原告には当該給与に見合う働き振りあるいは入社後の被告の業務環境への早期適合と実績が期待されていたと思われるところ,当初からその資質に不安を抱く態度を露呈し,同事実(3),ア,イ,ウ,オ,カのような勤務振りであったところ,とりわけ同事実(3),キのように平成17年9月29日の会議の席で被告代表者と上司であるAの面前での立ち振る舞いが,これまでの原告の勤務振りと併せて被告の広告セールスマネージャーとしての資質に大きな疑問を抱かざるを得なかったことから,同事実(4)のように試用期間中の解雇を検討することになったものと思われる。
他方で,原告においても,被告の職場環境に十分に適合できていないことは,前記認定事実(3),ク及び他の再就職先の模索への行動となって現れている。
結局のところ,平成17年10月に入ってからも,原告は,前記認定事実(3),エのような勤務態度を示し,同月7日にセクハラのメールを送るに至っている。
そして,前記認定事実(4)によると,被告は,原告を自宅に待機させた上で原告の申告するセクハラの有無を調査し,原告が訴えるような深刻な問題行為がAにはなかったと判断し,むしろ,原告のこれまでの勤務振りと今回のようなセクハラ被害といったAへの被告からする根拠のないクレームを踏まえて,敢えて試用期間満了を待つことなく留保された解約権を行使するに至ったものである。
(3)客観的に見ても,原告の前記認定事実(3)の諸行動からは,業務中の原告の立ち振る舞いには広告セールスマネージャーとしての自覚に欠けるものが見受けられ,また,周りを見て自己の行動をスムーズに職場関係者との対人関係も含めて適合させてゆく能力に劣るところがあったものといわざるを得ない。
原告自身は,スポーツマンで悪気のない人間のように思われるが,原告が被告の会社に臨む態度・気持ちと被告の広告セールスマネージャーとしての要求レベルに大きな齟齬の存在と,原告自身がセクハラと思い悩んで仕事に集中できなかったために示した勤務態度が,試用期間中の人物評価に不幸にもマイナスに作用したものと考えられる。
結果として,原告は,客観的にも主観的にも被告に適合できず,持てる能力も思うように発揮できなかったものといわなければならない。
(4)それゆえ,被告が試用期間中の留保解約権を原告に行使した行為にはそれなりの合理性及び社会的相当性を看て取ることができるものであり,本件解雇は有効であるものというべきである。
原告の主張について
(1)原告は,現実にセクハラがAから自分に対してあったのに,それがないものとして,そのような現実にありもしない事実をクレームでつける人物として評価されたために本件解雇がなされているとして,本件解雇の有効性をAによる原告に対するセクハラの有無にかからしめるような主張が見受けられる。
しかし,原告が主張するようなセクハラではないかと思われる客観的な事実関係としては,Aが「号外△△△△△△ △△△△」のチラシを原告に渡したり,女性のことを話題にしたりしたことは窺われるものの,それだけでは,明らかなセクハラとすることには躊躇を覚えざるを得ない上に,原告から見て同人がセクハラとする各事情の内容,セクハラを受けたという期間,行為の頻度に照らすと,果たして原告が夜も眠れないほどに深刻なものとして思い悩むほどのものなのかどうかという点で疑問なしとしない。
他に目撃者がいて明らかに露骨な原告に対するセクハラが繰り返されたというような事情は見当たらず,原告自身の供述によってもAから身体を触られたとかいったことはなく,10月7日にeメールを皆に送るまでに原告からAにセクハラ行為をやめてほしい旨直接抗議した様子も見受けられない以上,むしろ原告自身の精神的な脆弱性が被告における仕事の上で露呈されたものと見ざるを得ない。
また,前記認定事実(3)における原告の諸行動の一部が,原告が当時セクハラに悩んでいたために睡眠不足による居眠り等となって現れたとしても,本件証拠上は客観的に見て,原告の不適切な立ち振る舞いとしてしか評価できず,被告に対する関係でこれらの事情が原告の行動を正当化することには必ずしもつながらないものというべきである。
そもそも,原告本人もセクハラかどうか必ずしも確信が持てていない状況において,いきなりA以外の会社幹部の者と上司であるAに同時にセクハラに関する抗議のメールを送信する原告の対応が妥当であったのかどうかも疑問であり,原告の社会人としての未熟さが現れているようにも見受けられるのであり,このような原告の行動が被告が期待した広告セールスマネージャーの資質に及ばないものとして試用期間中の解雇の一つの契機となってもおかしくはないものというべきである。
その他,本件証拠上,上記に認定判断したところを覆すに足りるものは見当たらない。
それゆえ,被告が原告のセクハラの申し立てを理由に不当に本件解雇をしたとする原告の主張には理由がない。
(2)次に,原告は,被告が本件解雇の理由とする各事由は解雇権濫用の法理に照らして解雇理由としては不十分であると主張しているのでこの点について検討する。
原告が,強調するところは,仮に被告が指摘するような,原告における服装や言葉の不適切さが営業業務においてあったとしても,原告は注意を受けたのちには修正しており,その後顧客からクレームが来ていないこと,原告には被告から受けた注意に基づく試用期間中の再評価のための十分な期間が与えられていないことにあるものと思われる。
しかしながら,前記2において,認定判断したように,原告においては事後に言動を修正すれば事なきを得られたとするところも,被告からは顧客に対する重大な信用問題であったり,重要なビジネスチャンスを失うことにもなりかねない原告の違和感のある言動と受け止められ,やはり,被告からすれば留保された解約権行使の事情足り得るものといわなければならないし,試用期間が6か月間あるからといって必ずしも被告が当該期間満了まで原告を見守らなければならない関係にはなく,むしろ,採用後間もないころから抱いていた原告への疑問的な評価が積み重なり,平成17年9月末ころから10月に入っても続いたために,原告によるセクハラ被害の訴えをきっかけに原告の本採用いかんの評価を経営戦略上被告がこの段階でしたとしてもおかしくはないものと考えられる。
それゆえ,原告の上記各主張には理由がない。
以上によれば,原告の被告に対する本件解雇の無効を前提とする各請求には理由がないものといわなければならない。