8月15日の判決 接客不良を理由とするタクシー運転手の懲戒解雇が無効とされた事例

新潟地方裁判所平成7年8月15日判決

 

 

経営者の方へ

接客不良のブラック社員であっても,一発退場のレッドカードは出せませんのでご注意ください。

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本件懲戒解雇の理由

 

本件懲戒解雇は,原告の後記各行為が「接客不良行為」であり,就業規則六五条二二号「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき,若しくは会社の信用をそこなったとき」,及び,同条二三号「会社内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員たる体面を汚したとき」にそれぞれ該当することを理由としている。

 

 

本件の争点

 

① 本件懲戒解雇の根拠規定は、就業規則と労働協約のいずれによるべきか

② 原告の後記各行為が懲戒解雇事由に該当するか否か

③ 懲戒解雇事由に該当するとしても、懲戒権の濫用に当たらないか否か

 

 

争点に対する判断

 

一 争点①(本件懲戒解雇の根拠規定)について

被告の就業規則の第六五条は,懲戒解雇事由として一号から三〇号までが挙げられているが,その二二号は「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは会社の信用をそこなつたとき」,その二三号は「会社内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員たる体面を汚したとき」となっている。

被告と労働組合との労働協約・・・は,「つぎの各号の一に該当する場合は事案に応じ,けん責,減給、出勤停止に処する。」と規定し,その九号に「業務に関し不正を行い,故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき。」と,その一〇号に「不正な行為をして会社の信用,従業員としての体面を汚したとき。」と,それぞれ前記就業規則第六五条二,三号に対応する事由が挙げられている。

これに対し,同条第二項は「次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する。」としているが,同項各号には前記就業規則第六五条二二,二三号に対応する事由は挙げられておらず,その一〇号は「数回懲戒訓戒を受けたにもかかわらずなお改心の見込みのないとき。」となっている。

以上の事実からすれば,労働協約は,従業員の懲戒処分に関し,就業規則に比べて懲戒権者である被告の裁量をより限定する内容のものであることが明らかである。

その限りにおいて就業規則は労働協約に反するから,就業規則のうち右部分に関する規定は,労働基準法第九二条一項に反し,無効であるといわざるをえない。

そうすると,被告がする懲戒解雇処分の根拠規定は,労働協約に求めるべきこととなる。

 

二 争点②(本件の懲戒解雇事由該当性)について

乗客から被告に対し,原告に関する苦情として寄せらたもの。

乗車時と降車時に「今後俺の車に乗らないでください。」と言われた。

乗客が,右折,左折と指示したことに対し,「ふざけんな。客だと思って威張るんじゃないよ。」などと言われた。

乗客がちょっと待ってて欲しいと頼んだところ,「車がこんなに渋滞しているところで待たれると思うかね。」と怒鳴るように言われた。

行き先を告げたのに原告が全く返事をしないことについて,態度が悪い旨注意したところ,「なにっ」と言ってにらまれた。

反対車線で手を挙げたところ,一旦停車したものの,行く先が自車進行方向と反対であることが判明するや,そのまま発進して乗車拒否をされた。

右各苦情は,その都度,それぞれの乗客からの連絡があったものばかりであり,被告はその度に原告から事情を聴取するとともに指導をしたが,原告は,第二,第五事案については,酔客にからまれたものであり自分に非はない旨,第三事案については,そのような事実の記憶はなく,仮にあったとしても渋滞しているところで待てと言うほうが非常識である旨,第四事案については,そのような事実はない旨,それぞれ釈明・弁解した。

なお,原告は,右各事案につき,口頭で注意・指導を受けたほかは,本件懲戒解雇まで,労働協約に規定規規定定されているけん責,減給,出勤停止の懲戒処分は受けたことがない。

被告は,第一事案についても原告から事情を聴取したが,原告は,第一事案の客は原告が親切であるとして何回も乗車していた客であり,この際も,手前に数台のタクシーがいたのにわざわざ遠くの原告の車に乗車してきたので,当日の売上げが少なかったことから,つい「他の車にも乗って下さい。」と言ってしまったとして,概ね事実を認め,反省の意を表明したが,被告としては,前記接客不良態度をも考え合わせると,サービス業としては限度を越えるものとして,懲戒解雇を決意し,本件懲戒解雇処分に及んだ。

右認定によれば,原告について概ね右各事案のような接客トラブルがあったことが推認される。

 

かかる苦情が寄せられるのは年に数回にすぎないことが認められるから,接客サービスを業とするタクシー運転手としては,なるべく乗客とのトラブルを生じさせないよう穏便に対応すべきであって,かような対応をしなかった原告自身にはそれなりの責任があるといわざるを得ない。

しかしながら,懲戒解雇は,労働者の生活基盤を根本から揺るがす,最も重い懲戒処分であるから,企業内秩序や企業の対社会的信用を維持するため,被懲戒者を企業内に留め置くことが到底受忍できないような場合にのみ発動されるべきこと,被告と労働組合との労働協約が被告の就業規則に比べて懲戒解雇事由を限定的に規定していること,原告に対しては,本件懲戒解雇にいたるまで,けん責をはじめ減給,出勤停止等の軽い懲戒処分の発動もされていないこと(これらの懲戒処分を適宜に活用することにより,原告の接客態度の改善を図るとともに被告の社会的信用を維持することは不可能でなかったというべきである。)をも考慮すると,原告に係る前記各事案は,懲戒解雇事由を規定する労働協約第三二条二項各号のいずれにも該当するとはいえないと解するのが相当である。

この点について,被告は,前認定の原告に対する苦情があった都度,原告に対して口頭で注意し,始末書を提出するように命じていた旨主張するが・・・各事案について始末書の提出を指示したことは認められない。

そうすると原告については、けん責処分(けん責とは,始末書をとり将来を戒めることとされている)も経ていないというべきであるから,原告が労働協約の第三二条二項一〇号にいう「数回懲戒訓戒を受けた」場合に該当するといえないことは明らかである。

なお,被告は,右各苦情に関する被告の事情聴取に対し原告が弁解すること自体が,同項四号の「職務上の指示命令に不当に反抗」することに該当する旨主張するかのごとくであるが,事実関係の調査は職務命令ではなく,まして処分理由に対する原告の弁解を捉えて不当な反抗と断ずることは,懲戒処分の運用の適正を図るためにも認められるべきことではない。

よって,本件懲戒解雇は懲戒解雇事由がないのにされたものといわざるを得ないから無効である。

解雇